FC2ブログ

「1977.9.27―2015.9.27 横浜米軍機墜落事件年表-人々が残したもの」を読んで

日記
02 /21 2016
<横浜米軍機墜落事件とは>

この事件は1977年9月27日午後に起きました。

米海軍厚木基地から発進して、千葉県房総沖の空母ミッドウエーに向かう戦闘機が、離陸直後にエンジン火災を起こしました。

乗員2人はパラシュートで脱出、無人の機体が横浜市緑区(現・青葉区)荏田町に墜落し、付近の民家を巻き込んで火の海になりました。

米軍から通報を受けた自衛隊の救援ヘリコプターは、無傷の米軍パイロット2人を救助しただけで、被災者を救助せず、厚木基地に帰りました。

9人の重軽傷者が、付近の工事現場の作業員や住民によって救助され、病院に搬送されました。

このうち全身にやけどを負った3才の裕一郎くんと1才の康弘ちゃんの幼い兄弟が、翌日に息を引き取りました。

当時26才の母親・和枝さんは、重症であったため子の死を知らされず、生きていると信じることで苦しい治療に耐え抜きます。

そして、やけどの治療が落ち着いた、事故から1年4カ月後に、2人の子の死が知らされました。

和枝さんの受けた衝撃は大きく「2人の子どもを今一度だけ抱きしめたかった」とつぶやき、泣き続けました。

和枝さんは、2人の分まで生き抜こうと闘病を続けますが、精神的に不安定となり、半ば強制的に移された精神病院で、転院から41日後の1982年1月26日、31才で亡くなりました。

死因は「心因性呼吸困難」、事件から4年4カ月でした。

<命と愛と平和>

私がこの事件を最初に知ったのは1985年頃、中学校でパネル展示を見たときでした。

当時は硝酸銀で消毒するやけどの治療の痛々しさを感じた記憶がありますが、米軍機や、子供と母の死についてはよく理解できませんでした。

大人になってから再びこの事件を知ったときには、涙が出て止まりませんでした。

そしてまたこの年表にめぐりあい、事件の全容について理解を進めることができました。

母の父、子の祖父にあたる勇さんは、和枝さんの「元気になったら福祉の仕事をしたい」という遺志を継ぎ、社会福祉法人を立ち上げます。

横浜市中区の港の見える丘公園には、和枝さんが裕一郎くんと康弘ちゃんをやさしく抱く「愛の母子像」がたたずんでいます。

怒り・苦しみの中から絞り出された愛を受けとめるのは私たち、そういう思いを新たにしました。

私が戦争を憎み、平和を続けるために現在活動しているのは、この事件を知ったことの影響が大きいと思います。

ふたたびこんな悲しいことを起こさせないためにも、戦争を起こさせないためにも、横浜米軍機墜落事件を、私も語り継いでいきたいと思います。

(2016-2-21 by 森ひでお)

--------------------------------------------------------------------------------------------------
(管理人より:当記事は、横浜の森ひでおさんよりご投稿いただきました。文中の資料「1977.9.27―2015.9.27 横浜米軍機墜落事件年表-人々が残したもの」については、東京新聞が以下のように伝えています。

母子3人犠牲の1977年横浜・米軍機墜落 語り継ぎ…最後の冊子
スポンサーサイト

高木仁三郎さんとプルトニウム問題

日記
02 /19 2016
最近、プルトニウム問題について少し調べる必要があって、いろんな本を読んでいる。それらの本の中に、高木仁三郎さんの「原子力神話からの解放-日本を滅ぼす九つの呪縛」(2000年、光文社カッパブックス)があった。10数年ぶりに読み直したのだが、驚いたことに、その内容は2016年の現在でも、全く古くなっていなかった。今でも、いや今こそ、広く読まれるべき名著だと思う。

この本は1999年に起こった「東海村JCO臨界事故」を受けて書かれたもの。私が持っているのは2000年刊のカッパブックスだが、その帯には「このままでは、ふたたび巨大事故が起きる!」と書かれている。不幸にも、高木さんの警告通り、2011年、東電福島第一原発の事故が起こってしまった。

東海村JCO 臨界事故

カッパブックスは2005年を最後にその歴史を終えたようだが、アマゾンで調べてみると、この高木さんの本は、現在では講談社から文庫化されて出ている。

原子力神話からの解放 -日本を滅ぼす九つの呪縛 (講談社+α文庫)

ご存知のように、原発の使用済み核燃料から再処理により抽出されるプルトニウムは核兵器製造原料なので、その製造や所有は国際的に厳しく制限されている。日本はプルトニウムを高速増殖炉で使う「核燃料サイクル」を前提にプルトニウムの所有や再処理が認められてきたが、その肝心の高速増殖炉は全く稼働の見込みがなく、「核燃料サイクル」は今や、完全に破綻している。

再処理の方は(未だに完成していない)六ヶ所村再処理工場で行う、という計画なのだが、これも遅れに遅れて、現在の予定は2018年度上期に完工という予定になっているらしい。これだけ先がないプロジェクトはいい加減にやめればよさそうなものだが、どうしても「核燃料サイクルは失敗だった」と認めたくないのだろう。

核燃料サイクルに見込みがないにも関わらず日本は、再処理をイギリスやフランスなどに依頼して、長年にわたりプルトニウムを「ため込んできた」。この高木さんの本が書かれた時点では余剰プルトニウムは約30トン、長崎型原爆で約4000発分と言われていたが、2016年現在では約48トン、同じ計算をすれば約6400発分まで増加している。米国は、核兵器削減のために核弾頭を解体して、余剰になったプルトニウムの処分に困っているようだが、その量が約50トンらしいから、それにほぼ匹敵する。

あまり報道されないが、これだけの(潜在的に核兵器を作るために使うことのできる)プルトニウムを所有している日本は、世界の目からは「潜在的核保有国」とみなされている。たとえ日本が核兵器を作る意図がないとしても、プルトニウムから核兵器を作るのは、それほど高度な技術力を持っていない国でも可能であり、国外に流出すれば大変な問題になる。日本ではプルトニウム保管場所の警備体制も不十分であると言われていることもあり、日本のプルトニウムは、国際的な核セキュリティ上の大きな問題となっている。

六ヶ所村の再処理工場がフルに本格稼働すれば、年間8トンのプルトニウムが新たに生み出されるという。「核燃料サイクル」が完全に破綻した以上、危険なプルトニウムを生み出し続ける再処理事業からは即時、撤退するべきである。

(2016-2-19)

「小選挙区制」は日本には不向きである

日記
02 /10 2016
本日は選挙制度の話をしたいのだが、その前に少し、株価の話を。

本日の日経平均株価終値は16,085円で前日から918円ダウン。「マイナス金利」ショックもつかの間、年頭からの下降基調は一向に止まらない。本日は何とか1万6千円割れは免れたが、この急激な下降は政府・日銀にとっても想定外だったことだろう。

日経平均株価

ちなみに上記の株価トレンド・グラフはなかなか便利で、先日は「5日間」タブを見て欲しい、と書いたが、「3か月」タブもついでに見ていただくと、実は株価は12月に入ってからじわじわと下がり始め、年頭から一気に急降下していることが良く見てとれる。株安の原因は色々あるようだが、いずれにせよ、「金融政策」だけいじってもどうにもならない、ということは明白だと思う。

閑話休題。選挙制度の話は現国会でも議論はされているが、一向に進まないという感がある。筆者の苛立ちは「定数削減」とか「一票の格差是正」といった議論にあるのではない。もっと根本的な議論を忘れていませんか? つまり「小選挙区制」のことだ。「小選挙区制」の弊害は色々と言われているが、そもそもこの選挙制度は日本の状況にあっているのか?という問題だ。(なお、以下は筆者の私見であり、社民党としての公式見解ではないことをお断りしておく。)

その問題を考えるようになったきっかけは、ある市民大学でイギリスの選挙制度に詳しい先生の話を聞いてからだ。イギリスは小選挙区制度のモデルのような国で、最近こそ多党化しているが、伝統的に二大政党が交互に政権を担ってきた。何故、イギリスで小選挙区制が機能してきたか。それは実は、「イギリスが厳然たる階級社会である」ことに原因がある、というのだ。

つまりイギリスでは、選挙区ごとに「ここは労働党」「ここは保守党」とはっきり分かれている。階級が違えば、住んでいる地域も違うのだ!だから「労働党」の選挙区では誰が候補者になっても労働党が勝ち、「保守党」の選挙区でもそれは同じ。なので、いわゆる「落下傘候補」がとても多いという。「人で選ぶ」のではなく、「政策で選ぶ」ので、自分の支持政党の候補者であれば、極端にいえば「誰でも良い」ということだ。

ひるがえって日本の地域社会の状況はどうか。幸か不幸か、日本ではそこまで「階級」によって住む場所が違う、という社会にはならなかった。(逆にそのために、「階級意識」そのものが薄いということも言えるだろう。)つまり、日本では一定の地域に、富めるものも貧しいものも、一緒に混じり合って住んでいるのだ。そういう状況下では必然的に、力のある者が議席を総取りし、少数派の票はほとんどが死票になる、という結果になるだろう。つまり、「小選挙区制」は日本の社会には「最も適さない」選挙制度なのだ、と言える。これでは民主主義の原則である「少数意見への配慮」が機能しなくなってしまうからだ。

以上の議論から、日本社会に最も適した選挙制度は明らかだ。つまり、100%比例代表制だ。(スウェーデン・デンマーク・ノルウェーなど北欧諸国がそのモデル。)

最も極端な考え方をすれば、全国区のみ、比例代表のみ、という制度が考えられる。これであれば、原理的に(議席に足りず切り捨てになる票は別として)死票が出ない。しかしすべて全国区だと、全国的に知名度のある候補者しか当選しないことになるので、筆者の私見では、県レベルで一比例ブロックとする「地方ブロック選出」と併用すれば良いのではないかと思う。(今の複数県にまたがる「地方ブロック比例」は逆に不自然なので、「県単位のブロック」に統一する方が良いと思う。)

現在、神奈川県は18の選挙区に分かれている。そもそも、国政レベルの仕事をする議員を選ぶのに、何故こんなに細かく分ける必要があるのか。昔ならともかく、交通機関や通信手段が発達した現在(さらにネットのように、全国にだって発信できるツールもそろっているのだから)、候補者の行動範囲として、一つの県内というのは全く無理があるとは思えない。

さらにこれも極論かもしれないが、衆議院をこのように「比例側」にシフトするなら、参議院はいっそ「全国比例」だけにする、という案も考えられる。「良識の府」である参議院は、例えば全国的に活動する知識人や学者、社会活動家などで構成するのが良い、という考え方もできる(そもそも、参議院で「地域代表」の意味があるのか?と考えてみれば、納得ができるのではないか)。参議院はよりグローバルに(といっても日本国内のことだが)、衆議院はそれより少しローカル色も入れて、というのが基本的な考え方だ。

ちなみに近年の社民党の比例得票率は約2%だが、これは衆参とも100%単純比例制ならば議員数14人(端数切捨て)に相当する。(現在の衆参議員総数は717人なので、その2%は14人)。小選挙区制がいかに少数政党に不利かが分かる。

ともあれ、これだけ交通や情報通信の発達した現代、選挙制度をこのように根底的に見直すこともありではないか、と筆者は思っている。

(2016-2-9)

日銀「マイナス金利」政策について(まとめ)

日記
02 /03 2016
日銀初の(異例の)「マイナス金利」政策だったが、先日も予想した通り、早くも株価は下落している。(以下のサイトで、「5日」のタブをクリックしていただくと、最近5日間の株価の動きを見ることができる。「マイナス金利」発表後、1万8000円をうかがうレベルまで跳ね上がったが、今日は1万7000円を割る直前まで一気にダウン。)

日経平均株価

一般市民の常識を覆す「マイナス金利」という強力「カンフル剤」だったのだが、2日間で早くも効き目が切れたようだ。

この「マイナス金利」政策の及ぼす影響について、今日の東京新聞は「こちら特報部」で分かりやすく解説してくれている。東京新聞を購読されていない方もおられると思うので、この記事やその他のネット上の情報なども参考に、この金融政策がもたらすであろう(市民生活などへの)影響について、少し「まとめ」をしておきたい。

1.まず、民間銀行の預貯金の金利はすでに下がり始めている。日銀の「マイナス金利」によって国債の長期金利が下がり、そのため国債で資金運用している銀行の収益が下がり、結果として末端の個人向け預貯金の金利を下げざるを得ない、ということだ。

マイナス金利が預貯金直撃 ゆうちょ銀、金利下げも

2.「マイナス金利」の目的は「企業への貸し出しを増やす」ことのはずだが、上記のように民間銀行の収益を圧迫する政策でもあるので、財務状況が不安定で資金回収が不確実な中小企業などへの貸し出しはかえって縮小する(貸し渋り)こともあり得る。この場合、狙いとは全く逆の結果になってしまう。慶応大学大学院の小幡績准教授によると、このような貸し渋りの結果、ますますデフレに陥るだろう、とのこと。(あれ、「インフレ政策」じゃなかったのか?)

3.先日も書いたように、いくら金利が下がっても肝心の「需要」がなければ企業は設備投資などしない。現在は、これまでの「異次元金融緩和」の連続で、むしろ貸し出す先の見つからない資金が銀行にも余っている状況だ。そんな状況下で、「マイナス金利」によって貸し出しが増えるというのは机上の空論にすぎない。

本当に必要とされているのは「金融政策」ではなく「需要の拡大(可処分所得の拡大)」であって、それは例えば、相対的に所得の低い非正規社員や女性の所得を増大させる「同一労働・同一賃金」の仕組みを作ったり、女性が働きやすい環境を整備するための保育所増加など、必要な福祉政策を地道に実現していくことにこそ、本当の「経済再生」への鍵があるのだ。

4.結局、この政策は円安・株高を維持するためだけのもので(それも最初に見たように、すでに効果が薄れているようだが)、たとえそれがうまくいったとしても得をするのは一部の輸出大企業と富裕層だけで、格差をより拡大する悪政策に他ならない。

このように見ていくと、「アベノミクス」もいよいよ手詰まり、という感がある。「こちら特報部」の結語は、「マイナス金利」は「アベノミクス」の「終りの始まり」だ、となっている。

にも関わらず、また甘利氏の辞任というスキャンダルにも関わらず、内閣支持率は上昇して50%越えのようである。何故、そうなるのか。本当に不思議なのだが、支持の理由を尋ねても「他の内閣よりよさそうだから」といった曖昧な理由がいつも多数を占めている。そこをもっと掘り下げて探究し、逆にどうすれば我々の政策が支持されるようになるか、真剣に考えていかなくてはならないと思う。

(2016-2-3)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。