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18歳選挙権について考える

日記
01 /11 2016
本日の東京新聞朝刊はトップで、北海道の一人の高校生が、慶応大学の全国高校生小論文コンテストの最優秀賞である小泉信三賞を受賞した、という記事を掲載している。

18歳主権者 知を磨こう 高3「対話ネット」論文に小泉信三賞

受賞した田中俊介さんは、全国の高校生・大学生がネットを通じて時事問題を議論する場、「ぼくらの対話ネット」を開設。今回の受賞論文は、その活動についてまとめたものだ。

筆者は、「18歳選挙権」について色々と取沙汰されながら、メディアで伝えられる現場の取組み状況は「模擬投票をやってみる」など、全く枝葉末節な現象ばかりで、こんなことでどうなるのか、と危惧していただけに、このような当事者自身の取組みを知って大変に素晴らしいと思うし、それをトップで取り上げた東京新聞にも最大限の賛辞を送りたいと思う。

民主主義の根幹は「多くの人々による、平等でオープンな議論」にこそあると思う。選挙はその結果であって、民主主義の本質では全くない。だから「模擬投票」など茶番でしかないと思うのだが、もしかしたら現場ではそんなことは分かっていて、しかし実際には現場の締め付けが厳しくて(教師が政治的な議論を指導することがタブーとなっていて)「オープンな議論」など出来る状況ではないために、「模擬投票」でお茶を濁しているのかもしれない。

となれば、高校の現場で、教師が政治的なテーマについての議論を指導できるような状況を調えることこそ、まず第一にやるべきことではないだろうか。そこに制限をかけるようでは「18歳選挙権」を導入する意義が失われてしまう、と思う。もちろん、教師は自分の考えを生徒に対して説明する権利があるが、それを押し付けることはしてはならない。生徒がいかに、自主的に政治的なテーマについて考え、積極的に議論に参加していけるか、というところに教師の指導力が問われることになるだろう。

日本では「高校生が政治を議論するのはまだ早い」という人も多い。しかし世界的には、18歳選挙権が多数派で、日本の今回の決定はむしろ「やっと実現した」というのが事実なのだ。筆者は18歳が政治について考え、議論するうえで「早すぎる」ということは全くないと思う。さらに、今の若者は政治に無関心、といわれるが、昔からそうだったわけではない。筆者は「団塊世代」だが、自分の高校生の頃を思い出しても、すでにいろいろと政治のことにも興味を持ち、考え始めていたし、友人とも議論をしていた。そういう政治的な議論も、当時はタブーではなかったと思う。

これまでの、学校現場での政治的な議論や活動に対する締め付けの状況を考えれば、18歳選挙権実施に当たっても、学校現場での指導の在り方について、政権は今後、色々な制約を課してくる可能性もある。社民党としては、「教師および高校生自身による、オープンな議論」を、少しでも妨げるような制約については絶対に反対していく必要があると思う。

(2016-1-10)