日本のスポーツ政策の貧困

 ご覧になった方も多いと思うが、昨日のテレビ朝日「モーニング・バード」。「ソチ・オリンピックのメダリスト達が下村文科大臣を表敬訪問、国の支援強化を要請」というニュースを伝えていた。その中でも、金メダルを取った羽生選手の「東北6県で通年練習できるリンクが一つしかなく、練習時間が確保できない」という訴えには「そんな環境で、金メダルを?」と、心底驚かされた。

 羽生選手は震災で被災した仙台出身で、震災後、一時はスケートをやめるべきかどうか迷っていた、という特別な事情も良く報道されていたので、そんな逆境を乗り越えて頑張ってきたというだけでも偉いなあ、と思っていたのだが、その上に、そんな劣悪な練習環境の中で最高のメダルを獲得したということは、本当に信じられないほど素晴らしいと思う。改めて感心した次第だ。

 それにしても、これほど世界的に優れた選手が頑張っているのだから、もう少し国の方でもしっかりと支援してしかるべきだろうと思う。もちろん国の支援だけがすべてではないが、現状はあまりにもプアーすぎる。番組中でスポーツ評論家の玉木氏が「日本のスポーツ関連予算は英国の10分の一」といっていたので「本当なの?」と思って調べてみると、確かに文科省自身がこんなデータを公開している。

 資料4 スポーツ関係予算の状況について (PDF:218KB) - 文部科学省

 国際比較で絶対額が少ないというのも問題だが、このデータを見て気がつくもう一つの問題は、「生涯スポーツ」に対する政策予算の少なさだ。日本では、ヨーロッパなどスポーツ先進国では一般的な「スポーツは文化」という考え方になじみが薄かったせいか、これまでは学校教育としてのスポーツに重きがおかれ、一般社会人の「楽しみ」としてのスポーツ環境を整備するということが政策的になされて来なかった。

 最近は民間のフットサルコートも増えてきて若い人は楽しんでいるようだが、日本にフットサルが紹介され始めた頃、当時は子供のサッカー指導をしていたので、フットサルのレフェリー講習も受けたことがある。フットサルはフルコートのサッカーと異なり(広いコートを走り回らなくても済むので)、体力的に劣る子供や(競技者でない)一般社会人でも楽しめるスポーツだ。フットサルは狭いコートでの素早いパス回しがポイントで、プレーヤーの数も少ないのでボールがどんどん回ってきて、ゲームとしても楽しい。これが日本でもっと普及すればよいな、と思っていたが、当時は専用のコートもなく、本家ブラジルの充実したコート環境や一般社会人が仕事帰りにフットサルを楽しんでいる様子などを見るにつけ、うらやましく思ったものだ。

 スポーツは「教育」や「競争」や、ましてや「国威の発揚」のための手段などではなく、人間が「人生の楽しみの一つ」としてエンジョイしていくべきものだ。そのような「文化としての」スポーツ環境や人々の意識を育てていくことこそ、スポーツ関連政策の目的でなければならない。

 ブラジルのように、あるいはヨーロッパのように、一般社会人のための「スポーツ・クラブ」が地域にあって、仕事のあとはそういったスポーツ・クラブで汗を流し人生を謳歌する、ということが当たり前の社会。こんなことも、社会民主主義で目指していくべき、一つの社会モデルではないだろうか(とスポーツ好きの私は思う)。

フットサル

(2014-2-27 by 山猫軒)
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