震災・原発事故から3年 福島の声を聞いて届けよう

 3月8日「原発のない福島を!県民大集会」が郡山市・いわき市・福島市の3つの会場で、合わせて5300人が集まり開かれました。福島県民主体の集会でしたが、私のように県外からの参加者も少なからずいました。終わっていない原発事故のことを忘れることなんてできない、もっと強く広く連帯しなくてはならないという思いは全国に広がっているのだと思います。会場での発言を紹介します。

・原子力情報資料室の方より事故についてのレクチャー。福島原発事故による放射能の6~7割は海側へ流れた。これがもしも陸側へ流れていたら、さらに甚大な被害を受けていた可能性がある。収束作業は原子炉に水をかけて冷却するだけの作業しかできていない、なぜならば放射線量が高すぎて原子炉に近づけないから。この作業が終わるまでにどのくらいの期間がかかるのか、見通しがたたない。事故が収束したなんてことはなく、継続中である。

・浪江町から避難している方。今後家を建てて引っ越す予定。避難先では狭くて子供たちが帰ってくる場所もない。この3年間は復旧が進んだわけではなく、故郷に帰れる見通しが無くなってきた。家の新築は普通ならめでたいことだが、故郷を捨てるのでめでたくない。今後は(私のように)避難場所の変更を余儀なくされる人たちが出てくると思う。

・関西へ中学生の子供と母子避難している方。県外での保養を通じて子供が自然とふれあえる体験をした。このことがきっかけとなり避難を決断した。家族と離れるのはつらいが子供の健康が一番。避難先では地域の理解と心のふれあいがある。(そうでなければ避難は続けられない)福島への帰還ばかりを優先するのではなく、自主避難もサポートしなければならないと思う。本来ならば国策として子供の避難をやらなくてはならないのではないか。

・農業に取り組んでいる方。福島原発から20Km圏内では、春に種をまいても秋には産業廃棄物として焼却されてしまうことになる。南相馬市では一部に放射能が100ベクレルを超える米がみつかり、農家はがく然として営農意欲が失われるしまうことがある。今後の農業の見通しが立たない。

・除染作業に従事する労働者。2012年から除染労働に従事している。危険手当1万円が支払われず、全国一般労組とともに闘い手当を取り返した。ある現場で汚染土壌の袋詰め作業をしていた時には、防護に不十分なマスクを渡されたため、環境省にそのことを通報した。するとその日のうちに会社から解雇されてしまった。最近行った現場では安全教育はなにもされず、基本給は5500円だった。除染現場ではかんたんに解雇される。会社ごと切られることもある。労働は生きること、労働の権利を奪わないでほしい。今後も労組とともにがんばっていく。

・高校生。あのとき福島にいたというだけで被ばく者というレッテルを貼られている。原発に無関心だった大人たちが責任を取らなくてはならないと思った。しかし率先して原発に協力してきた人ばかりではないと、長崎や広島への旅を通じて知った。それでもなんで原発があるの?という気持ちはぬぐえない。原発爆発後の社会しか知らない子供たちは食べ物を選ばなくてはいけない、遊ぶ場所も自由が無い。子供たちに何を残してくれますか?高校生は大人と子供の間、今後は1人の大人として子供たちの未来に責任を持ちたい。福島に原発はいらない。

 私はこの集会に参加して、まず身近なことから行動しようと思いました。私の住む地域に避難している方たちと話すことからはじめて、福島の人々と連帯して、運動して、政治の力で一人一人の生活と社会がよくなるように変えていく。この思いが強くなりました。

(2014-3-16 by ガラ)
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