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「女性の活躍できる社会」は「男子、厨房に入れ」から

日記
10 /11 2014
先日書いた「家事分担」というテーマの続きである。まずはNHK放送文化研究所の興味深いデータをご紹介しよう。

「結婚」や「家事分担」に関する男女の意識の違い

図18と図19が「家事分担」についての、とても分かりやすい図になっている。図18で見ると一週間で家事時間が5時間未満の男性は(15%の「家事分担0時間!」を含む)なんと64%、という結果だ。64%の男性は一日当たり、わずか42分以下しか家事をしていない。

これに対して女性の方は、「20時間~30時間未満」のところまでの累積%を計算すると63%、つまり63%の女性は一日当たり2.8時間以上、家事をやっているということ。これでは「不公平感」を感じない方がおかしい、といえよう。

図19は、家事分担を内容で分類している。この図によると男性が最も「分担していない」家事は「食事のしたく」だ。

この図19のような表現方法だとちょっと見えにくいが、日常の家事の中でも最も時間がかかるのがこの「食事のしたく」なのだから、ここでの「男性の寄与率」が少なければ、全体の分担時間が少なくなるのは当然の結果だ。

このことは逆に、この状況を改善する(=家事分担を平等化する)には、この最も寄与率の大きい「食事のしたく」の分担を変えるのが最善の策、ということを意味する。これはビジネス常識だが、改善活動の要諦は「まず、最も寄与率の大きい要因項目をたたく」ことだから。

何故、男性は「食事のしたく」を分担していないのか。色んな要因はあるが、単に「出来ないから(料理のスキルがない)」という人も多い。ならば、解決方法は単純だ。つまり「料理のスキルがないのなら、トレーニングを通じてスキルを身につければ良い」ということ。(ここでは、伝統的な「男子厨房に入らず」という心理的バリアーは一旦、おいておく。これについて論じるには、多くの紙幅を必要とするだろう。)

「料理は、生活のために誰でもが(男女問わず)身につけるべき必須のスキルだ」と筆者は考えている。「スキル」とは、順序だてた合理的なトレーニングにより、誰でもが身につけることが出来る能力である。

ちょっと話題がそれるが、かなり以前に「男の趣味としての料理」のようなものが流行ったことがあった。筆者はそういうのは有害無益のものだと思う。筆者は料理は好きだが、それが「趣味」というわけではない。料理には「趣味性」よりも「実用性」の方がずっと重要だと考えている。

話しを元に戻して、ここでの筆者の提案は「生活に必要なスキルなのだから、小学校くらいからしっかりと(男女とも)料理技術を教えたらどうか」ということだ。現在、小学校には「家庭科」の授業はあるようだが、どの程度のことを教えているのだろうか。生涯にわたって役立つ、実践的な「料理スキル」を全員に身につけさせる、というのが目標だが、それが達成できているのかどうか。

こんなアイデアはどうだろう。数日(できれば一週間)かけて、小学生を集めた「料理キャンプ」を実施する。最初の日は、包丁の使い方、ご飯の炊き方、みそ汁や酢の物など基本的な和食の作り方など、料理の基本技術をみっちり教える。2日目以降は、数人でチームを構成し、その後の朝昼晩の食事の献立をすべて、チームで決める。献立が決まったら、必要な食材をリストアップして、スーパーに買い物に行かせる(買った食材をうまく使いまわし、使い切ることが出来るような献立を考えさせる、というのがミソである)。

こういうキャンプを一度経験すれば、例えば「今日は冷蔵庫にこんな食材があるけど、買い物に行く時間がないから、こんな献立にしよう」といった、より実践的な料理技術の段階に発展していくことも可能になるだろう。料理をするときの「手順(段取り)」といった要素も含め、料理は、こういう一種「合理的な思考」を必要とするスキルだ。ゆえに、そのスキルを身につけることは、その人の人生を豊かにすることに通じる。

ということで、この記事の結論は「男子、厨房に入れ」だ。このような日常的な問題について主題的に論じる人が少なすぎるのが、日本のリベラルの弱点の一つではないだろうか。憲法24条の理念を本気で実現するためには、こういう地道な視点から開始する必要があるのではないか。そのような地道な実践こそが、個人も豊かにし、社会も豊かにすると筆者は思っている。

(2014-10-11 by 山猫軒)